
運輸安全マネジメント制度導入から20年、今までとこれから。国土交通省主催「運輸事業の安全に関するシンポジウム2025」
こんにちは!編集部ちくわです。
2025年11月19日(水)に有楽町よみうりホールで開催された国土交通省主催「運輸事業の安全に関するシンポジウム2025」を取材してきました。今回は会場参加及びオンライン配信とハイブリット方式の開催です。
実は2025年で運輸安全マネジメント制度を導入して20年という節目の年とのこと。今回のテーマは「安全管理体制構築のこれまでの歩みと新たな課題」となっています。

2025年はJALの御巣鷹山墜落事故から40年、福知山線脱線事故から20年、軽井沢スキーバス事故から10年など、過去の大きな事故も節目を迎える年。また、自然災害の頻発や激甚化など、運輸の安全に大きな影響を及ぼす事象が増えています。
運輸安全マネジメント制度導入からのこれまでの歩みを振り返るとともに、今後どのように輸送の安全を確保していくべきかについて学びの多いシンポジウムでした。
行政の取組「運輸安全マネジメントに係るこれまでの取り組みと現状の課題」
国土交通大臣・金子恭之さんから開会のあいさつがあった後、国土交通省 大臣官房運輸安全監理官・山﨑孝章さんより、行政の取組についてのご紹介がありました。

運輸安全マネジメント制度が導入されたのは2006年(平成18年)。そのきっかけは2005年(平成17年)にヒューマンエラーを起因とする事故が多発したことでした。

- 東武鉄道伊勢崎線踏切障害事故(死者2名、負傷者2名)
- JR西日本福知山線脱線事故(死者107名、負傷者549名)
- 近鉄バス転覆事故(死者3名、負傷者20名)
- 大川運輸踏切追突事故(スーパーひたちと衝突)
- 九州商船フェリーなるしお防波堤衝突
- 知床半島周遊船が岩に乗り上げて座礁
- JAL新千歳空港における管制指示違反
- JAL客室乗務員の非常口扉操作忘れ
- ANK小松飛行場における管制指示違反
事業者による安全マネジメント態勢の構築、それを国による評価を行うという「運輸安全マネジメント制度」がスタートしたというわけです。
また、一般のお客さまが安全対策に積極的に取り組み続けているバス会社を見つけやすくする一つの指標として「貸切バス事業者安全性評価制度」を平成23年(2011年)より運用を開始しています。
しかし、その後も大きな事故はなくなりませんでした。

2012年(平成24年)には乗客7人が死亡、38人が重軽傷を負う、関越自動車道高速ツアーバス事故が起きました。2013年(平成25年)にはバス事業の在り方が見直され、すべての貸切バス事業者に運輸安全マネジメント実施が義務に。
高速ツアーバスの「新高速乗合バス」への一本化と、貸切バスの運賃、料金制度の改革、長距離・長時間運行による過労運転防止対策など、バス事業の安全対策強化が図られていきました。
しかし、2016年(平成28年)に再び大きな事故、軽井沢スキーバス事故が起きてしまったのです。乗員乗客15名(乗客13名・乗員132名)が死亡、乗客26名が重軽傷を負うという大きな事故でした。
安全性を犠牲にし、コストを度外視したバスの運行は「なくなっていない」ことが浮き彫りになった事故。貸切バス事業者に対しだけではなく、旅行会社に対しても罰則を強化したり、通報窓口を設けるなど対策が取られてきました。
にもかかわらず、2022年に再び静岡県小山町「ふじあざみライン」で起きた観光バス横転事故(1人死亡、26人が重軽傷)が起きてしまいます。2024年からさらに厳しい取り組みが求められるようになったのもそういったいきさつがあってのことでした。
その後、自然災害の頻発や激甚化に伴い、運輸防災マネジメント指針の策定が行われ、時代とともに見直しが図られながら20年という節目を迎えたというわけです。
貸切バス事業で200両未満の事業者は3,458者

バス事業において、保有車両200両以上の事業者は98者、200両未満は3,458者あります。200両未満の乗合バス約2,300者は運輸安全マネジメント評価対象外となっていますが、それ以外はすべて評価対象に。
保有車両200両未満がかなり多いタクシー・トラックに比べ、バス事業者は安全管理規定の義務付けにより、運輸安全マネジメント制度に取り組むという姿勢が最も浸透している運輸モードであると言えるのではないでしょうか。
導入20年間で約9.5割が成果が上がっていると実感

運輸安全マネジメント制度導入後、成果は上がっているかを各モードで集計したものが上のスライド。確かに事故件数は減少傾向にあり、一定の成果を上げているのがわかります。
運輸事業者に対するアンケートでも約9.5割の事業者が「安全確保に有効」「安全管理体制の構築に有効」という結果が得られました。
運輸安全のこれからの課題

20年という節目を迎え、これからの運輸の安全を取り巻く近年の状況を踏まえた課題とはどんなものでしょうか?以下の3点が上げられました。
- 1.不正事案の防止・根絶(データ改ざん、点呼の不実記載、酒気帯び運転など)
- 2.企業統治の変化への対応(安全投資よりもプロフィットセンターや株主還元が優先される経営風土になっていないか、ホールディングス会社化等で安全管理体制に関する裁量が制限されていないか、など)
- 3.高齢化・人手不足への対応(DX等の新技術活用を含む)
1.3.に関してはデジタコ導入やGPSを使った運行情報の提供、AIを使った運行ルートの最適化、自動運転などさまざまな取り組みが進められています。
しかし、どんなに輸送の安全に真摯に取り組んでも一瞬の気のゆるみや、予期せぬトラブルで事故は起きます。安全への取り組みは終わりのない戦い。
特に自然災害の激甚化にどう向き合うのか、今後も課題は尽きないと感じました。
西日本旅客鉄道株式会社の事例紹介「JR西日本の安全管理体制構築に向けた取組」

運輸安全マネジメント制度導入のきっかけになったJR西日本の福知山線脱線事故。今回はそのJR西日本がこの20年かけて構築してきた安全管理体制への取り組みについてお話を伺いました。
福知山線列車事故の概要
福知山線塚口と尼崎駅の間で起きた事故。原因は制限速度70㎞/hの曲線に約116㎞/hで進入し、1両目が左へ点灯するように脱線したものです。
2両目~5両目も脱線し、1両目・2両目の車両が進行方向左側のマンションに衝突して大破するという大きな事故でした。
制限速度を大幅に超過したスピードでカーブに進入した理由としては、直前のオーバーランによる遅延回復や、乗務員と指令員との交信に気を取られていたことなどが上げられています。
しかしながら、その大元にはダイヤの短縮で余裕のない運行計画(営業優先)、懲罰的な社員教育(運転士のミスへのペナルティ)、保安装備の不備(速度制限を自動で制御する)なども指摘されています。
福知山線列車事故への反省・教訓

JR西日本では「尊い人命をお預かりする企業としての責任を果たしていなかった」「組織全体で安全を確保する仕組みや安全最優先の風土が構築できていなかった」ことを痛感。
経営者層の意識が経営成績の安定化に集中、これまでの成功体験等により、事業運営に対する過信や慢心が芽生えていたと深く反省し、組織全体で安全を確保する仕組みづくりに取り組んできたそうです。
JR西日本が取り組んできた「安全最優先の風土構築」

安全憲章を定め、安全考動研修を実施。「リスクを具体的に考える」ことで安全に対する感度を高め、「危ないと感じたとき」「安全が確認できないとき」は、「迷わず列車を止める」「迷わず作業を止める」など、日々の業務で実践されているそうです。
列車がマンションに衝突した痕跡が残る部分を中心に、列車が脱線してからマンションに衝突するまでの場所や、懸命な救急・救助活動の行われたところを「祈りの杜」として保存。
事故を風化させず、いのちの大切さを後世へと伝え続け、事故を反省し、安全を誓い続けていく場として、整備しているそうです。
JR西日本の安全方針・安全マネジメント体制

「事故防止対策や法令遵守」を中心とした従来からの取組みに加え、国交省による「運輸事業者における安全管理の進め方に関するガイドライン」14項目に基づき、安全マネジメント体制の構築を推進しているJR西日本。
安全推進部の機能を強化し、安全投資に係る権限・責任を見直し、必要なリソースが確保されていることを確認するため「安全リソース会議」を毎年実施しています。
福知山線列車事故以降の主な取り組み

踏切安全対策を積み重ねることで障害事故が激減。1987年に144件あった事故が2024年には7件まで圧縮された他、鉄道運転事故の発生件数も2005年度対比で1/3程度まで減少しました。
しかし近年では下げ止まり傾向がみられるとのことで、さらなる取り組みが必要と実感しているそうです。
報告文化を醸成するため、「ヒューマンエラー」に基づく事故事象には非懲戒へ。当事者にしかわからない背後要因等の情報を把握し、「組織的な安全対策」につなげていくように取り組んでいますす。
2008年に本社・統括本部及び支社・現場でリスクを抽出し対処する仕組み(リスクアセスメント)を構築。これまで紙で事象概要やエラー内容等を収集してきたものを、報告方法をデジタル化。

エラー行動、心理要因、背後要因などを収集し、ヒューマンファクターに基づく分析やより実効性の高い施策の立案に役立てているそうです。
この他、監査体制を強化し、客観的な評価・専門的な助言を得るため、第三者機関による評価も導入。安全の実現に欠かせない視点を定義しています。
また、懲罰的な社員教育(運転士のミスへのペナルティ)への反省から、情報伝達やコミュニケーションの活性化への取り組みを強化。権威勾配(組織におけるリーダーとメンバー間、上下関係にある人たちの間にある力や権限の差の度合い)下位者が、疑問に思ったこと、分からなかったことについて声を上げられる風土作りも。

社員みんなが情報を共有すること、挑戦を促し、失敗から学ぶことで安全性向上につなげたいと考えています。
福知山線列車事故以降の事故・自然災害への対応
JR西日本では2017年12月に新幹線の台車亀裂に関する重大インシデントが報告されています。「異常を感じたにもかかわらず運行を継続させたこと」が原因でした。
危ないと感じた時、安全が確認できない時は「迷わず列車を止める、作業をとめる」を合言葉にした取組みを進めています。

また、2023年1月に京都エリアで降積雪による輸送障害が起きたことを踏まえ、2024年に新幹線の停電で東京方面の列車が運転不能になった際は、対向列車での救済やバスでの救済など行うなど、「お客様を想い、ご期待にお応えする」ことを強く意識した取組みを進めています。
安全性の向上は引き続き経営の最重要課題ととらえ、これからも精度をあげていきたいとおっしゃっていました。
宮城交通株式会社の事例紹介「この20年における安全管理体制構築に向けた取組」

続いての事例紹介は宮城交通株式会社です。宮城交通は仙台市に本社を置くバス会社で、乗合・貸切バス事業の他、不動産事業や自動車道事業も。
関連会社にミヤコーバス、宮交自動車整備、宮交観光サービス、宮交自動車学校があります。
2014年(平成26年)3月に北陸道で事故発生

宮城交通では高速バスで2014年に北陸自動車道(上り線)小谷部川SAで事故を起こしています(死者2名、負傷者26名)。
事故を起こした運転手は居眠り運転もしくは、体調急変により意識を失っていた可能性があったといいます。当該運転手は連続11日間勤務だったとの報道も。

この事故を踏まえ、宮城交通では衝突被害軽減ブレーキやドライバー異常時対応ステム(EDSS)などを備えた先進安全車(ASV)の導入を積極的に進めてきました。
また、事故の起きた3月3日は「健康を考える日」とし、その教訓を未来へと語り継ぐため、健康起因事故を二度と起こさないために制定。当該営業所での追悼式、研修会の実施、全乗務員への事故教育、健康飲料の配布を行っています。
目指しているのは「日本一安全なバス会社」

宮城交通では健康起因による事故を未然に防ぐため、以下のような健康管理体制を行っています。
- 1.健康相談(保健師と産業医の対面による健康相談)
- 2.脳疾患・心疾患対策(スクリーニング検査を実施、検診・検査の補助制度も)
- 3.睡眠時無呼吸症候群対策(健康状態を継続的に把握・管理)
- 4.健康ポイント制(健康行動を評価し、上位者は年1回表彰)
点呼時にも乗務員の健康状態をしっかり把握できるよう運行管理体制を整えています。
また、乗務員教育としては以下の通り。
- 1.AIシミュレーター(実技教育では体験できないヒヤリハットのシミュレーションで予測防衛運転を徹底)
- 2.eラーニング教育(全乗務員が効率的に同じ水準の教育を受けられるように)
- 3.側方衝突警報システム(車間距離、側方間隔を習得し、重大事故を防止)
この他、左折時の巻き込み事故が多いことから、一時停止を徹底。黄色信号では100%停止する、車間距離を空けるなど基本的な安全対策を丁寧に積み重ねることで衝突事故防止に取り組んでいるそうです。
また、始業点呼時には短時間の動画を使い、イメージトレーニング(ちょいトレ)を実施。どう対応したら事故を避けられるか、乗務員にイメージさせることで危険感受性を高める工夫をされているそうです。
宮城交通グループ研修センター「Cocode(ココデ)」を2023年4月に開設

バス運転士の実践的な育成を可能とする研修施設として宮城県村田町に開設。バスの運転を体験できるシミュレータやバス運転に特化した研修用コース、講義室や宿泊設備を備えています。
また、かつて使用していた切符など、宮城交通の歴史を伝える貴重な資料も展示。東日本大震災の記録、過去の重大事故を教訓に策定した当社の安全対策も紹介しているそうです。

こちらの研修センターは宮城交通グループ外の法人でも利用できるように開放。事故を起こした運転手への再教育や大型免許を保有しているものの不安を感じている方など、昨今の運転手不足解消への一助にもなりますね。
全日本空輸株式会社の事例紹介「ANAにおける安全推進の取組み」

事例紹介、最後は航空事業から全日本空輸株式会社が取り組む安全対策についてです。2005年はANAにおいても不安全事象が多発した年でした。
それに伴い航空法が改正され、2006年からSMS(Safety Management Systems)を導入。SMSとは個人の注意や能力に依存するのではなく、組織全体で安全を仕組み化し、継続的に改善していくための経営システムです。
過去20年間で世界の航空事故発生率は低下傾向に

SMSが導入されて以来、航空事故発生率は低下傾向にあり、また、国際安全監査プログラム(IOSA)登録社は平均よりも事故を起こしていない傾向にあることがわかっています。
ANAの安全への取り組み
ANAでは航空の安全を花に例え、外部からの脅威に備える保安(=柵)、安全文化醸成(=土壌)、花を支える安全管理システム(葉・茎)と考えています。美しい花を咲かせるために、枝葉の隅々まで”安全対策”行き届かせることが大切ととらえています。
ANAにおけるSMSと強化するための具体的な取り組み
経営者、全従業員、安全部門が一体となり、SMSを構築。またANAだけではなく、他社の取り組みや事象もしっかりと研究し、航空業界一帯となったトータルシステムアプローチを構築したいとおっしゃっていました。
先ほど、JR西日本のお話の中で、上下関係で自分の意見が言えない雰囲気をなくしていくというお話がありましたが、ANAでも疑問に思ったら躊躇なく意見、指摘する行動「アサーション」文化の醸成に力を入れているそうです。

同一職種間の「タテ」と、職種を変えた「ヨコ」のアサーションを推進。権威勾配が浅すぎると、リーダーシップが発揮されないので、適切な「権威勾配」を維持しつつ、それを越えてアサーションできる関係作りを目指しています。
また、ヒヤリハットを含めた安全情報を収集・分析、リスク評価(レベル分け)、リスクレベルに応じて優先順位をつけてリソースを投入というリスクマネジメント・プロセスを実施。

影響度と頻度で最大リスクのシナリオを想定し、効果的な対策を設定・実行しています。一例として機体の揺れでお客様が転倒してケガを負う、ということを例にとり、リスクマネジメント・プロセスを紹介されていました。
安全は存在しない、在るのは危険である

最後に日本ヒューマンファクター研修所 初代所長・黒田勲さんの言葉を紹介。
この世に安全は存在しない。在るのは危険である。安全な状態とは、危険が除去または制御され、その対策が有効に維持されている特別な状態である。
今までの安全の記録は過去の安全の証明にしか過ぎない。明日の安全を保証するものではない。安全追求に終わりはない。
「安全を維持し続ける」ことも確かに重要ですが、それ以上の高みを目指し続けることの大切さを感じさせる深い言葉だと思いました。
■取材協力
国土交通省
「運輸の安全に関するシンポジウム2025」
【開催日時】令和7年11月19日(水) 13時~16時
【開催場所】有楽町よみうりホール(東京都千代田区有楽町1-11-1 読売会館7階)
【講演内容】
●行政の取組
●取組事例紹介『この20年における運輸事業者の安全管理体制構築に向けた取組』
(1)西日本旅客鉄道株式会社
(2)宮城交通株式会社
(3)全日本空輸株式会社
●講演『安全管理体制の更なる強化に向けた新たな視点』
(1)大和証券株式会社
(2)関西電力株式会社
●パネルディスカッション
【コーディネーター】関西大学名誉教授 安部 誠治 氏
【パネリスト】
・西日本旅客鉄道株式会社 井上 啓 氏
・宮城交通株式会社 青沼 正喜 氏
・全日本空輸株式会社 宮前 利宏 氏
▼過去のシンポジウム取材レポート
≫2016年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2017年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2018年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2019年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2022年「運輸事業の安全に関するジンポジウム」
【NASVA関連記事】
・「第11回NASVA安全マネジメントセミナー」
・「第13回NASVA安全マネジメントセミナー」
・「第14回NASVA安全マネジメントセミナー」
・「第15回NASVA安全マネジメントセミナー」
・「第16回NASVA安全マネジメントセミナー」
・「第17回NASVA安全マネジメントセミナー」
バス会社の比較がポイント!









